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一人の女性

報われぬ愛が報われてほしい

今日はお客さんが多い一日だった。人が入れ替わり立ち代わりで、小さなバーで賑やかに話が咲いていた。
日々の仕事に、恋愛の話、人間模様を今日も見れたことには感謝したい。私にとって、それはバーでこそ成り立つ人との関わり方だからだ。

必要とされることは愛なのか

報われぬ恋愛というのは何度か見てきたが、あるお客さんのことは今でも記憶に残っている。このお店を開く前、過去に修行していた下北沢のバーでのことだ。

そのお客さんは、自分にあまりにも自信がなくて、人と接するのが苦手だった。ただ、金銭を介してのやり取りなら大丈夫とのことで、バーで話すことや仕事上のやり取りは大丈夫と。
でも、そういったお金を介した関係じゃないと、何を話してよいかもわからないし、そもそも自分に興味を持たれることがないだろうと自嘲していた。

見た目にはとてもきれいな方で、普通の人が見たらそんなことは思わないはず、と話しても、謙遜するばかりで本気にしてくれない。
そのころ経験の浅い私では、どこまで踏み込んで良いかという具合もわからず、少しでも良い方向に向かえばと思いながら相槌を打つ日々だった。

ある日、恋人ができたと聞いたときは素直に祝福し、相手について聞いてみると無職だという。
「今ね、自分が生活のすべてを見ているんだ」というのだが、それは世間的にいうところのヒモであまり褒められたものではなかった。

だが、その人からすればお金を介するからやり取りに支障がないらしい。そこらへんの線引き、ルールというものはあいまいで、聞いている私にはそうなのかと納得するしかなかった。

だんだんと来る回数が減り、時にケガをしている様子も見えて、それでも必要とされているからと幸せそうだった。私には痛ましく見えて、報われぬ恋をしているようにしか見えなかった。

どうか幸せであってほしい

人の幸せは、他人が決められるものではない。だが、どうしてもその人の行為には口を出してしまい、「わかっているんだけどね」と寂しく笑う様子が思い出される。

そのうちに私はその店を辞めて、別の場所で働くことになり、そのお客さんとはそれっきりだ。今は何をしているか、幸せなのかもわからない。だが、今でも時折思い出しては、幸せであってくれればと思う。

報われぬ恋愛、と私が感じているだけかもしれないが、本当にそう願う。バーで働くことで、人と普段あり得ないさまざまな形で関わると、私に教えてくれたお客さんだから。