形のないものに名前をつけるなら
「自分らしさ」という言葉を口にするとき、私たちは何を思い浮かべているのだろうか。人によっては、飾らない自分のことを指すのかもしれないし、社会や他人に合わせず自然でいられる状態を想像する人もいるだろう。
だが実際のところ、それが何であるかを明確に言語化できる人は少ない。自分らしさとは、あいまいで、掴みきれないままの輪郭を持った概念である。心理学では「本来感(Authenticity)」という言葉があり、「自分自身だと感じられる状態」と説明されることもある。
たとえば、周囲にどう思われるかよりも、自分が大切にしたい価値観に従って動けているとき、人は「自分らしくいられる」と感じる。逆に、他人の目や期待を意識しすぎて、思ってもいない言葉を使ったり、本意でない行動をとっているときには、どこか自分が遠ざかっているような感覚を持つ。
自分らしさを構成するもの
では、その「自分らしさ」はどこから生まれるのか。いくつかの視点があるが、ひとつには「好きなこと」「得意なこと」「大切にしている価値観」という三つが重なった部分にあるとも言われている。
好きなことは、気づけばやってしまっていること。得意なことは、自然とできてしまうこと。そして価値観は、それが正しいと信じている軸のようなものだ。これらが重なる領域に、自分がもっとも自分らしくいられる状態がある。
たとえば、人と関わるのが好きで、話を聞くのが得意で、「人を元気にしたい」という価値観を持っている人がいたとする。その人が、相談に乗るような仕事をしているとき、自分らしさを強く感じるだろう。
一方で、そうした内面から遠ざかった状態に長く置かれると、人はどこかで違和感を抱え始める。たとえ評価されていても、どこか無理をしているような感覚が続くのは、自分らしさと離れている証拠かもしれない。
「らしさ」に迷ったときの道しるべ
自分らしさがわからなくなったとき、無理に答えを出そうとしなくていい。少しだけ、自分に問いかけてみる。「自分は何をしているときに落ち着くか」「何を大切にしているか」。そんなふうに、自分の内側にある声に耳を傾けることが出発点になる。
また、他人の価値観に流されすぎないことも大切だ。誰かの正解が、自分にとっての正解とは限らない。必要であれば、「それは違う」と思ったことに対して距離をとる勇気も、自分らしさを守る一歩になる。
それでも見失いそうになったときは、過去を振り返ってみてもいい。幼い頃に夢中になったことや、心が動いた瞬間を思い出すと、自分の輪郭が少しだけ浮かび上がってくることがある。
自分らしさは、完成されたものではなく、日々少しずつ形を変えていくものなのかもしれない。迷うことも含めて、自分の輪郭を確かめながら歩いていけたら、それで十分だと思う。