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濡れたアスファルト

夏の匂いがするアスファルト

少し早めに開店準備をしようと店へ向かう途中で、突然の夕立ちに遭ってしまった。「夏らしいけど、困ったな」と思いながらも、少し濡れるのを我慢すればたどり着けるからとなんとか走って来たのだが、思いのほかビショビショになってしまった。

やれやれとタオルで身体をぬぐっているときに思い出したのが、「太陽の熱に焼かれたアスファルトは、雨に濡れると夏の匂いがする」という妻の言葉だった。

亡き妻との思い出

お互いに二十代、付き合って二年ほどだったか。下北沢でライブでも見に行こうか、とデートをしていた時のことだ。あの時は雨宿りをして、ぱらぱらと大粒の雨が地面を濡らしていくのを見ながら、妻のキミコが楽しそうに笑っていた。

作詞の才能があるんじゃないかと私が言ったら、キミコは「フレーズ一個を繰り返すだけになるけどね」とまた笑っていた。それ以上は思い浮かばなかったらしい。
そのまま、話を引っ張らずに別の話に切り替えたということは覚えているが、そっちの内容はなんだったか、今となっては思い出せない。さすがに二十五年以上も前だと……印象的なシーンは覚えているのだが。

お互いに年を取って恋人から夫婦と関係性も変わり、散歩する場所やデートをする場所も変わって、二人の店を開いた。妻が亡くなってしまった今でも、何かがあれば妻との記憶や言葉が顔を出す。本当にありがたいことだ。

思い出を書き記す理由

思い出は自分の中に留めておくこともできるのだが、こうやって書き出すことで想いを深めることもできる。ただの夕立だが、確かに夏の匂いがすると思えるのだ。私が感じられなかった匂いは、妻に教えてもらって気づけるようになった。

今日のお客さんが来て、タイミングが許せば、こういう話をちょっとしてもいいかもしれない。まあ、雨音を聞いていると、夕立は激しくなっていて、そもそもお客さんが来るのかという不安があるのだが。
それは雨模様と人の気分次第、良いか悪いかも過ぎてみなければわからない。そういうところはきっと人生と同じだろう。ケ・セラ・セラ、なるようにしかならないのだ。

まだ開店までには時間がある。夏の匂いを感じながら、キミコが好きだった曲でもかけながらのんびりと準備を進めていこう。
こうやって懐かしくなってふと思い出して、まっさきにブログに書いてしまわないと忘れてしまいそうで、ちょっと歳を取ってしまったなと思いながらも記すことにした。

準備が終わるころには、夕立も上がっているといいなと思う。